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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)4626号 判決 1967年7月27日

原告 大居産業株式会社

右訴訟代理人弁護士 斎藤竜太郎

被告 深田鉄工株式会社

右訴訟代理人弁護士 佐瀬茂

主文

被告は原告に対し、三二五、〇〇〇円及びこれに対する昭和四一年三月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の、各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

「被告は原告に対し、金一、一二五、〇〇〇円及びこれに対する昭和四一年三月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行の宣言。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決

第二、当事者双方の主張

一、原告の請求原因

(一)  原告は、債権者を原告、債務者を訴外日本機械商事株式会社(以下単に日機商という)、債権額を金五、四三四、二九〇円とする東京法務局所属公証人寺田輝雄作成昭和四〇年第三、〇一九号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基づき、右日機商に対する強制執行として日機商の被告に対する別紙目録記載の物件に関する売掛金債権金一、一二五、〇〇〇円(金一、七二五、〇〇〇円から契約前受金六〇〇、〇〇〇円を差引)について、同四一年三月七日東京地方裁判所に債権差押及び転付命令を申請した(同裁判所同年(ル)第六九八号)。その結果、東京地方裁判所はこの申請を容れて、債権差押及び転付命令を発し、右命令正本は昭和四一年三月一一日債務者たる日機商と第三債務者たる被告とに、それぞれ送達された。

(二)  よって、前記売掛金債権は原告に帰属するに至ったので、原告は被告に対し、右債権金一、一二五、〇〇〇円及びこれに対する債権差押及び転付命令正本が日機商と被告とに送達された日の翌日である昭和四一年三月一二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告の答弁及び抗弁

(一)  請求原因(一)のうち、日機商が被告に対し原告主張の売掛金債権を有したこと、原告がその主張の債務名義に基づいて日機商に対する強制執行として、右売掛金債権につき債権差押及び転付命令の申請をし、その結果、原告主張のとおりの命令が発せられ、この正本がその主張の日に債務者たる日機商、第三債務者たる被告に、それぞれ送達されたこと、はいずれも認める。

(1) 被告は、日機商から別紙目録記載の物件を買受けたのち、訴外日本鋼管株式会社にこれを売渡したが、その後日本鋼管から右物件のうち訴外株式会社川部鉄工製作所製の機械(別紙目録1乃至3、以下、単に本件機械という)は全部瑕疵あるものとしてその修理改造を命ぜられたので、直ちにその旨を日機商に通告してこれが修繕を要求した。しかしながら、日機商は商事会社であるため自ら修繕を実施できないばかりでなく、製造元の川部鉄工製作所も倒産していたため、被告に対して本件機械の修理改造を依頼してきた。そこで、被告はこれを承諾し、昭和四〇年一二月上旬日機商との間に、本件機械について代金一、五〇〇、〇〇〇円ないし一、八〇〇、〇〇〇円、修繕済機械を日本鋼管に引渡すのと引換えに確定した代金を支払う定めで、その修理請負契約を結び、同契約に基いて、被告は同年一二月下旬、部品のすべてに材質優良の新品を用いて修理改造を終え、かつその費用を金一、五七四、四三六円と確定して右機械を広島に在る三葉工業株式会社で日本鋼管に引渡した。かくて、被告は日機商に対し、機械の引渡しの後である昭和四〇年一二月下旬、口頭で修理請負代金一、五七四、四三六円を自働債権とし、前記買掛金債務と対当額において相殺する旨の意思表示をなし、さらに同四一年二月一二日付書面で同趣旨の意思表示をするとともに、その結果なお被告の有している請負代金四四九、四三六円を支払うよう催告し、同書面はその頃日機商に到達した。従って、本件転付命令は、既に相殺により消滅した債権について発せられたものというべく、債権転付の効力を生じない。

(2) 仮に、右の主張が認められないとしても、日機商は昭和四一年二月一〇日に手形の不渡を出し、その後同年五月二〇日東京地方裁判所において破産の宣告を受けて、同日破産管財人に訴外青木平三郎が選任された。そうすると、原告が本件転付命令に基づいて日機商の被告に対する売掛金債権を取得しても、それは破産法第七二条二号にいわゆる破産債権者を害する行為にあたり、青木管財人は被告に対し、同年九月二四日付書面をもって右原告の債権取得の効果を否認する旨通知してきている。従って、原告は被告に対し、前記売掛金の支払を求め得ない筋合である。

三、右抗弁に対する原告の答弁及び主張

(一)  抗弁(1)のうち、被告が別紙目録記載の物件をさらに日本鋼管に売渡したこと、右物件のうち本件機械が日本鋼管で瑕疵あるものとされたこと、被告がその主張の頃、日機商の依頼によって右機械の修理を請負い、その主張の頃修繕済機械を日本鋼管に引渡したこと、そして被告が昭和四一年二月一二日付書面で日機商に対してその主張のような意思表示をし、同書面がその頃日機商に到達したこと、はいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

本件機械の価格は、その全部が新品の状態において、別紙目録金額欄記載のように合計金一、三七五、〇〇〇円であり、しかもこの金額には日機商の利潤約一五パーセントが含まれているから、メーカーの出し値は金一、一〇〇、〇〇〇円程度に過ぎない。さらにまた、機械類の修理価格は、それが根本的大規模なものであっても、新品価格の七割ないし八割程度を限度とすることは商取引上の常識である。なんとなれば、それ以上の修理費を要するものであれば、新品を購入した方が遙かに有利だからである。従って、叙上の如き事情を知悉している被告が本件機械の修理のために原価の一・四倍もの費用をかけたなどということは有り得べからざることで、かような主張は、被告が日機商の倒産を奇貨として、当然なすべき売掛金の支払を免れんとするためのこじつけに他ならない。かくて、被告の本件機械修理費用のうち原告の容認できる限度は金八〇〇、〇〇〇円に止まる。

(二)  抗弁(2)のうち、日機商が被告主張の日に東京地方裁判所で破産の宣告を受け、同日青木平三郎が破産管財人に選任されたことは認めるが、その余は否認する。

青木管財人が、本件転付命令に基づく債権移転の効果を否認し得るとしても、それは右管財人自らが、訴の提起または抗弁をもって否認権を行使してこれをなすべきであり、かかる権利の行使を俟たずに被告において否認の効果を主張し得るものではない。

第三、証拠<省略>。

理由

一、日機商が被告に対し、別紙目録記載の物件に関する売掛金債権金一、一二五、〇〇〇円を有し、原告がその主張のような債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基づいて、日機商に対する強制執行として右売掛金債権につき昭和四一年三月七日東京地方裁判所に債権差押及び転付命令を申請し(同裁判所同年(ル)第六九八号)、その結果その旨の命令が発せられて、同年三月一一日右命令正本が債務者たる日機商、第三債務者たる被告にそれぞれ送達されたことは、当事者間に争いがない。

二、そこで、被告の抗弁について判断する。

(1)  被告が別紙目録記載の物件を日本鋼管に売渡したこと、しかし右物件のうち本件機械が日本鋼管で瑕疵あるものとされたこと、被告は昭和四〇年一二月上旬日機商の依頼に基づいて本件機械の修理請負契約を結び、同年一二月下旬その修理を終えて右機械を日本鋼管に引渡したこと、はいずれも当事者間に争いがない。

ところで、被告は、本件機械の修理請負代金として金一、五七四、四三六円を要したと主張する。そして、証人船橋仁の証言により真正に成立したと認める乙第三号証の二には、機械の「修理及び新規製明細書」なる表示のもとに右金一、五七四、四三六円が費用として計上記載されており、またいずれも成立に争いのない乙第五号証の一、第六号証の一、第八号証の一及び証人船橋仁、同堀田記一の各証言にはそれぞれ右乙第三号証の二の金額に符合するかの如き記載供述がある。しかしながら、合計金一、三七五、〇〇〇円(別紙目録1乃至3の金額欄参照)で売買された本件機械に対し、修理費としてこれを上廻る金一、五七四、四三六円をも投ずるというようなことは商取引上異常な出来事であるから、真実これ程の修理費を要したというには、それなりに第三者を首肯せしめるに足る特段の裏付けを必要とすべきところ、乙第三号証の二の記載は、それのみでは単に科目、金額の摘示羅列に過ぎないものであるし、乙第五号証の一、第六号証の一、第八号証の一、証人船橋、同堀田の各供述はいずれも同程度の域を出ないものであって、公証人作成部分の成立に争いがなく、その余の部分は弁論の全趣旨に照して真正に成立したと認める甲第三号証、証人池谷豊同佐藤幸一の各証言に対比して考えるとき、右記載、供述は未だ上記の如き心証を形成するに充分なものと認め難くその他被告主張の金額を肯認せしめるに足る証拠はない。

そうすると、結局本件機械の修理費用は原告の自認する金八〇〇、〇〇〇円の限度において、これを容認するほかはない。

そして、被告は、本件機械の修理請負代金を自働債権とし、日機商の前記売掛金債権を受働債権として対当額で相殺し、右相殺の意思表示は、日機商に対し、修理済機械の引渡後である昭和四〇年一二月下旬口頭でこれをなしたと主張する。しかして前記争いのない事実に徴すれば、自働債権はその頃既に弁済期に在るとみてよいし、また受働債権についても当時弁済期の到来していること別紙目録支払期日欄記載に照して明らかであるから、両債権は相殺適状を生じているわけであるが、被告が日機商に対し、右昭和四〇年一二月下旬相殺の意思表示をしたとの事実は、これを認めるに足る的確な証拠がない。しかし、被告が日機商に対し、その後昭和四一年二月一二日付書面で同趣旨の相殺の意思表示をなし、かつ右書面がその頃日機商に到達したことは当事者間に争いがなく、さらに本件機械の修理請負代金(自働債権)は金八〇〇、〇〇〇円の限度において容認すべきこと既述のとおりであるから、被告のなした右二月一二日付書面による相殺の意思表示によって、請負代金債権、売掛金債権は八〇〇、〇〇〇円の金額において対当額消滅の効果を生じ、その結果、被告は日機商に対し、右金額を差引いてなお余りある金三二五、〇〇〇円を買掛金債務として負担するに至ったといわねばならない。

してみれば、本件転付命令は、その正本が日機商及び被告にそれぞれ送達された昭和四一年三月一一日現在において、被転付債権金一、一二五、〇〇〇円のうち金三二五、〇〇〇円が存在するに過ぎないことになるから、同金額を超えて発せられた部分は既に消滅した債権に関するものとして債権移転の効力を生ずるに由ないというべく、従って右金三二五、〇〇〇円の範囲内においてのみ有効といわねばならぬ。

(2)  進んで、日機商が昭和四一年五月二〇日東京地方裁判所において破産の宣告を受け、同日破産管財人に青木平三郎が選任されたことは、当事者間に争いがない。そして<省略>によれば、青木管財人は被告に対し、昭和四一年九月二四日付書面をもって、たとえ原告が本件転付命令に基づいて日機商の被告に対する売掛金債権を取得したとしても、それは破産法第七二条二号にいわゆる破産債権者を害する行為にあたるとして、右債権取得の効果を否認する旨の通知をなし、同書面がその頃被告に到達していることが認められる。

しかしながら、破産法上の否認権は、その主体を如何様に解するにせよ、破産管財人が訴または抗弁によってこれを行使すべきものであり(同法第七六条)、裁判外で行使してもそれは否認の効果を生じ得ないのであるから、前記の如き書面が被告に到達し、延いて原告にも同じ頃同趣旨の書面が到達しているものと推認し得ても、ただかような通知の存在だけをもって否認の効果原告の本件転付命令に基づく債権取得を否認する効果を云々できないこと云うを俟たないところである。従って、被告の抗弁(2)は採るを得ない。

三、以上の次第で、別紙目録記載の物件の売掛金債権は金三二五、〇〇〇円の限度において原告に帰属するに至っているから、原告の被告に対する本訴請求は同金額及びこれに対する債権差押及び転付命令が日機商と被告とにそれぞれ送達された日の翌日である昭和四一年三月一二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があると認めてこれを認容し、その余を棄却すべく<以下省略>。

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